IoTセンサーとAIカメラを活用した鳥獣害対策:被害額削減と管理効率化の事例
鳥獣害は、日本の多くの地域、特に中山間地域やその周辺部で深刻な農業経営上の課題となっています。収穫前の作物が食い荒らされたり、田畑が荒らされたりすることで、農家の経済的損失は計り知れません。これまでの対策は、柵の設置、追い払い、捕獲などが中心でしたが、効果には限界があり、また対策自体に多大な労力やコストがかかることが大きな課題でした。
本稿では、IoTセンサーとAIカメラを組み合わせたスマート鳥獣害対策システムを導入し、顕著な成果を上げた農業法人の事例を紹介します。このシステムによって、鳥獣害による被害額の削減だけでなく、対策に要する管理業務の効率化も実現しています。
導入前の課題:深刻な鳥獣害と非効率な対策
事例となる農業法人では、広範囲に点在する複数の圃場で露地野菜や果樹を栽培していました。主な被害獣はイノシシ、シカ、ハクビシンなどで、特に収穫期が近づくと被害が頻繁に発生し、年間被害額は経営を圧迫するほどに達していました。
従来の鳥獣害対策としては、電気柵の設置や、定期的な見回り、追い払いなどを行っていましたが、以下のような課題に直面していました。
- 被害状況のリアルタイム把握が困難: 広大な圃場を常に監視することは不可能であり、被害が発生してから気づくことが多かったのです。
- 対策の遅れと限定的な効果: 被害を把握しても、現場に駆けつけて対策を講じるまでに時間がかかり、その間にも被害が拡大するリスクがありました。また、追い払いも一時的な効果しか得られないことが多く、根本的な解決にはつながりませんでした。
- 対策業務の大きな負担: 定期的な見回りや柵のメンテナンス、捕獲準備などに多大な時間と労力が費やされ、本来の営農活動を圧迫していました。
- 対策効果の定量評価の難しさ: どの対策がどの程度効果があったのかを客観的に評価するデータがなく、最適な対策手法を選択するのが困難でした。
これらの課題を解決し、より効率的かつ効果的な鳥獣害対策を実現するために、スマート技術の導入が検討されました。
導入されたスマート鳥獣害対策システム
導入されたのは、複数のセンサーとカメラ、そしてクラウド上でデータを統合・分析するシステムです。主な構成要素は以下の通りです。
- IoTセンサー: 圃場の境界や動物の通り道と予測される場所に設置。赤外線センサーや振動センサーなどを用い、動物の接近や侵入を検知します。低消費電力広域ネットワーク(LPWA)などの通信技術を利用し、広範囲から効率的にデータを収集します。
- AIカメラ: センサーが検知した場所や、被害が発生しやすい場所に設置。夜間でも撮影可能な高感度カメラで、撮影した画像をクラウドに送信します。AI(人工知能)が画像データを解析し、動物の種類を特定したり、その行動パターンを分析したりします。
- クラウドプラットフォーム: 各地のセンサーやカメラから送られてくるデータを集約し、蓄積します。AIによる画像解析処理もこのプラットフォーム上で行われます。
- データ分析・可視化機能: 収集・分析されたデータ(検知日時、動物の種類、場所、行動パターンなど)を、地図情報と重ね合わせて可視化します。これにより、動物の主な侵入経路、活動時間帯、特定の圃場への被害集中傾向などが一目で把握できるようになります。
- アラート機能: 動物の接近や侵入を検知した場合、関係者のスマートフォンやPCに即座にアラート通知を送ります。
- 対策機器との連携(オプション): データ分析結果やアラートに基づき、自動威嚇装置(音や光を発するもの)を作動させるなどの連携機能も一部導入されました。
このシステムにより、鳥獣害の発生リスクが高い状況をリアルタイムで把握し、データに基づいた対策が可能となりました。
課題解決への具体的なプロセスと成果
システムの導入は段階的に行われました。まず、被害が最も深刻な圃場に試験的にシステムを設置し、効果検証と運用方法の確立を行いました。その後、得られた知見を基に、他の圃場へ展開していきました。
具体的な課題解決のプロセスと得られた成果は以下の通りです。
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被害状況のリアルタイム把握と迅速な対応:
- センサーが動物の接近を検知すると即座にアラートが届くため、被害が発生する前に、あるいは発生直後に状況を把握できるようになりました。
- AIカメラの画像で動物の種類や頭数を確認し、リスクレベルに応じた対策(自動威嚇、緊急の見回り手配など)を迅速に講じることが可能になりました。
- 成果: 被害の早期発見・早期対応により、深刻な被害に至るケースが大幅に減少し、年間被害額を導入前の約40%まで削減することに成功しました(導入3年目のデータ)。
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対策業務の効率化と労力削減:
- 動物の活動時間帯や主な侵入経路がデータとして可視化されたため、闇雲に見回りを行う必要がなくなりました。リスクの高い時間帯・場所に絞った効率的な対策が可能になりました。
- 捕獲を行う場合も、AI分析で明らかになった動物の行動パターン(特定の場所への執着度など)を参考に、罠の最適な設置場所や時期を選定できるようになり、捕獲効率が向上しました。
- 成果: 対策業務に要する労力をおよそ30%削減でき、本来の営農活動に充てる時間が増加しました。特に夜間や早朝の負担が軽減されました。
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データに基づいた科学的な対策:
- 長期間蓄積されたセンサーデータやカメラ映像の分析により、季節ごとの動物の活動傾向や、特定の対策(例: 特定の威嚇音)に対する動物の反応の違いなどが明らかになりました。
- これらのデータは、電気柵の補強が必要な箇所や、地域全体で連携して対策すべきエリアの特定など、より効果的な対策戦略の立案に役立てられています。
- 成果: 勘や経験に頼るだけでなく、客観的なデータに基づいた対策が可能となり、対策の効果を着実に向上させることができています。
成功の要因分析
このスマート鳥獣害対策システムの導入が成功した主な要因は、以下の点が挙げられます。
- 現場の課題に即した技術選定: 単に最新技術を導入するだけでなく、農業現場のニーズ(広範囲での通信、夜間や悪天候下での機能、省電力など)を満たすセンサーやカメラ、通信方式を選定したことが重要です。
- 使いやすさを考慮したシステム設計: 複雑な操作が必要なく、農業法人や現場担当者が容易にデータを確認し、アラートを受け取れるようなインターフェースが採用されました。
- 段階的な導入とフィードバック: 小規模な試験導入で効果検証と現場からのフィードバックを収集し、システムや運用方法を改善しながら本格展開したことが、スムーズな導入につながりました。
- 地域行政や周辺農家との連携: 収集データを地域全体で共有し、広域的な対策会議で活用するなど、個別対策だけでなく地域ぐるみの取り組みに繋げられたことも、持続的な成果に貢献しています。
今後の展望
今後、このシステムから得られるデータをさらに詳細に分析し、動物の長期的な行動予測や、特定の農作物と鳥獣害発生リスクの関係性などを明らかにしていくことが期待されます。また、自動威嚇装置だけでなく、特定の動物を対象とした追い払いロボットや、侵入防止のための新たな物理的対策機器との連携も考えられます。
さらに、このシステムの成功事例は、他の鳥獣害に悩む地域や、サルやクマなど他の野生動物による被害対策への応用可能性も示唆しています。地域ぐるみでデータを共有し、対策の効果を高めるためのプラットフォームとしての発展も期待されています。スマート技術は、鳥獣害という長年の農業課題に対しても、有効な解決策となり得ることを本事例は示しています。