生産・流通・販売を結ぶスマート農業:サプライチェーン全体のデータ連携による経営改善事例
はじめに
スマート農業技術の進化は、生産現場における効率化や品質向上に多大な貢献をもたらしています。しかし、農産物の価値を最大化し、経営を安定させるためには、生産段階だけでなく、集荷、流通、販売といったサプライチェーン全体を通じた最適化が不可欠です。各段階で情報が分断されている現状は、需給予測のずれによる食品ロスや販売機会の損失、非効率な物流、不透明なトレーサビリティといった課題を生んでいます。
本記事では、このようなサプライチェーン全体の課題に対し、スマート農業技術を組み合わせた統合プラットフォームを導入することで、経営の大幅な改善を実現した先進的な取り組み事例を紹介します。
事例企業の背景と直面していた課題
この事例は、複数の生産者ネットワークを持ち、自社で選果・パック詰めライン、および物流機能の一部を保有し、量販店や外食産業に農産物を供給している中堅企業グループです。
導入前、このグループは以下のような課題を抱えていました。
- 情報のサイロ化: 生産者ごとの収穫予測、選果場の稼働状況、倉庫の在庫情報、各販売先の販売動向や在庫情報がリアルタイムに連携されておらず、全体像の把握が困難でした。
- 不正確な需給予測: 過去の出荷実績や経験則に頼る部分が多く、天候変動による生産量の変動や、販売先の需要急変に対応しきれず、過剰在庫や品切れが頻繁に発生していました。これが食品ロスの増加や販売機会の損失につながっていました。
- 非効率な物流・在庫管理: 全体の在庫状況が見えにくいため、最適な保管場所や輸送ルートの選定が難しく、物流コストが増加傾向にありました。また、特定の倉庫に在庫が偏るといった問題も発生していました。
- トレーサビリティ確保の手間: 生産履歴情報の管理が紙ベースや個別のシステムで行われており、迅速かつ正確な情報追跡に時間と労力がかかっていました。
- 品質管理の限界: 輸送中の温度管理や保管環境のデータが十分に収集・活用されておらず、品質劣化の原因特定や改善が難しい状況でした。
これらの課題は、グループ全体の経営効率を低下させ、収益性を圧迫していました。
導入されたスマート農業技術とシステム
これらの課題を解決するため、グループはサプライチェーン全体を連携させるための統合スマート農業プラットフォームを導入しました。このプラットフォームは、複数の先端技術要素を組み合わせたものです。
- 圃場・生産段階のIoTセンサー: 各提携生産者の圃場に環境センサー(温度、湿度、土壌水分、日射量など)や生育状況を記録するシステムを導入。これにより、気象データと合わせてより精緻な収穫量予測に必要なデータをリアルタイムに収集できるようにしました。
- 選果・保管・物流段階のIoTとAI: 選果ラインにAI画像解析システムを導入し、品質・等級判定を自動化・データ化しました。倉庫には温湿度センサーや在庫管理タグ付きのパレットトラッカーを設置。輸送車両にはGPSおよび温湿度センサーを搭載し、リアルタイムの位置情報、温度、湿度データを収集しました。
- 販売データ連携システム: 主要な量販店や外食産業のPOSシステムや在庫管理システムとのデータ連携を構築し、販売動向や在庫情報を自動で取り込む仕組みを整備しました。
- 統合クラウドプラットフォームとAI分析エンジン: 上記1〜3で収集された膨大なデータを一元的に集約・管理するクラウドベースのプラットフォームを構築しました。このプラットフォーム上で、AI分析エンジンが以下の機能を提供しました。
- 高精度な需給予測: 生産データ、過去の販売実績、天候データ、市場データなどを統合分析し、数週間から数ヶ月先の需要・供給を予測。
- 生産・出荷計画最適化: 需給予測に基づき、生産者への作付け・収穫指示、選果場への受け入れ計画、出荷計画を最適化。
- 在庫・物流最適化: リアルタイムな在庫状況、需給予測、輸送中の車両位置・環境データを基に、最適な倉庫配置、輸送ルート、出荷タイミングを提案・指示。
- 品質管理支援: 収集された環境データや画像解析データを分析し、品質劣化リスクの高いロットを特定したり、原因究明を支援したりします。
- ブロックチェーンベースのトレーサビリティシステム: 生産情報から選果日、輸送ルート、保管場所、販売先までの全ての情報をブロックチェーン上に記録。これにより、データの改ざんを防ぎつつ、消費者がQRコードなどから容易に履歴情報を確認できる仕組みを構築しました。
課題解決への具体的なアプローチとプロセス
この統合プラットフォームは、サプライチェーンの各段階を「データの流れ」で結びつけ、全体最適化を図ることを可能にしました。
まず、圃場からの生育データと気象データがAI分析エンジンに送られ、数週間後のより正確な収穫量予測が生成されます。この予測と、販売先からのリアルタイムな販売・在庫データ、そしてAIによる需要予測がプラットフォーム上で照合されます。
AIはこれらのデータを基に、過不足なく需要を満たすための最適な収穫量、選果・パック詰めの優先順位、倉庫への搬送計画を立案します。さらに、全国に点在する倉庫の在庫状況、輸送車両の現在位置、各販売先へのリードタイムを考慮して、最も効率的かつ鮮度を保てるような物流計画(どの倉庫からどの車両でいつ出荷するか、ルートはどうかなど)を自動的に生成し、関係部署や物流パートナーに指示を出す仕組みを構築しました。
輸送中も車両からのデータがリアルタイムでプラットフォームに送られ、温度逸脱などの異常があれば即座にアラートを発し、品質劣化リスクを最小限に抑えるための代替ルートや対応策が検討されます。
すべての工程での情報はブロックチェーンに記録されるため、万が一問題が発生した場合でも迅速に原因特定や対象ロットの追跡が可能となり、消費者への情報開示もスムーズに行えます。
導入効果と成果
このスマート農業統合プラットフォームの導入により、この企業グループは以下のような顕著な成果を上げています。
- 食品ロス率の削減: 高精度な需給予測と全体最適化された計画により、過剰生産や売れ残りによる食品ロス率を導入前の約15%から約5%へと大幅に削減しました。
- 販売機会損失の低減: 需要予測精度向上とリアルタイムな在庫・物流管理により、欠品による販売機会損失を約80%削減しました。
- 物流コストの削減: 輸送ルートや在庫配置の最適化、積載率向上により、物流コストを年間約12%削減しました。
- 在庫管理効率の向上: 全体在庫の可視化と自動化された管理により、棚卸しなどの管理工数を約30%削減し、適切な在庫レベルを維持できるようになりました。
- トレーサビリティ対応工数の削減: 生産履歴管理と追跡がシステム化されたことで、問合せ対応や問題発生時の追跡にかかる工数を約70%削減しました。
- ブランド力の向上: 消費者への透明性の高い情報提供(生産履歴の開示など)が可能になったことで、消費者からの信頼を獲得し、ブランドイメージの向上に貢献しました。
- 収益性の向上: 食品ロス削減、販売機会損失低減、コスト削減が複合的に作用し、グループ全体の収益性が導入前に比べて〇〇%向上しました(具体的な数字は非公開)。
成功の要因
この事例が成功に至った要因はいくつか考えられます。
- 包括的なアプローチ: 生産、流通、販売というサプライチェーンの各段階を単独で最適化するのではなく、全体を一つのシステムとして捉え、データ連携を核とした包括的なソリューションを導入したことが最大の要因です。
- 関係者間の連携推進: 生産者、選果場担当者、物流担当者、営業担当者、そして販売先といったサプライチェーンに関わる多様な関係者が、共通のプラットフォームを通じてデータを共有し、協力する体制を構築できたことが重要でした。
- データに基づいた意思決定文化: リアルタイムで収集・分析されるデータを信頼し、経験や勘に頼るだけでなく、データに基づいた合理的な意思決定を行う文化が組織内に浸透したことも成功を後押ししました。
- 技術ベンダーとの密な連携: プラットフォーム構築と運用において、複数のスマート農業技術を提供するベンダーと緊密に連携し、自社のビジネスプロセスに合わせたカスタマイズや改善を継続的に行いました。
今後の展望
この成功事例は、農産物サプライチェーンにおけるスマート農業技術の可能性を示しています。今後、このプラットフォームは他の品目への展開、加工業者や外食産業といったさらなる川下との連携強化、そして最終消費者への直接販売(D2C)における活用など、さらなる進化が見込まれます。
また、収集される膨大なデータをさらに深掘り分析することで、栽培方法の改善提案や、新たな高付加価値品種の開発、気候変動へのよりレジリエントなサプライチェーン構築など、多岐にわたる応用が期待されます。
まとめ
農産物サプライチェーン全体の可視化と最適化は、複雑な農業経営において喫緊の課題です。本事例は、IoT、AI、ブロックチェーン、クラウドといった複数のスマート農業技術を組み合わせた統合プラットフォームが、いかにして情報の壁を取り払い、需給予測精度、食品ロス削減、物流効率、トレーサビリティといった多方面での経営改善を実現できるかを示しています。
これは単なる生産技術の導入にとどまらず、ビジネスモデルそのものを変革する可能性を秘めています。今後、より多くの農業関連企業がこのような統合的なアプローチを取り入れることで、日本の農業経営はさらなる発展を遂げることができると考えられます。