スマート農業で実現する生産・流通データの統合:農産物品質保証と鮮度保持の革新
はじめに
農産物のサプライチェーンにおいては、生産段階での品質のばらつき、輸送・保管中の鮮度低下、そしてそれらに起因する食品ロスの発生などが長年の課題とされています。また、消費者や小売業者からは、より透明性の高い生産・流通情報や、安定した品質の農産物へのニーズが高まっています。これらの課題を解決し、農産物のブランド価値向上とサプライチェーン全体の効率化を図る上で、スマート農業技術を活用した生産・流通データの統合が注目されています。本稿では、ある農業法人における、スマート農業技術を用いた生産から流通に至るデータ連携による品質保証と鮮度保持の高度化事例をご紹介します。
プロジェクトの背景と課題
この農業法人は、高付加価値の葉物野菜を周年栽培しています。従来の体制では、圃場での栽培管理データと、収穫後の選果・出荷データ、そして物流中の環境データが分断されており、以下の課題に直面していました。
- 品質のばらつき: 経験に基づく栽培管理のため、天候や季節変動による品質のばらつきが発生しやすく、クレームにつながるリスクがありました。
- 鮮度保持の限界: 収穫後の温度・湿度が適切に管理されているか把握できず、輸送中の鮮度低下や結露による傷みが発生することがありました。これにより、小売店での販売可能期間(シェルフライフ)が短くなる傾向がありました。
- トレーサビリティの不備: 生産から店頭までの情報が紐づいておらず、品質問題発生時の原因究明や消費者への情報提供が困難でした。
- 食品ロスの発生: 品質ばらつきや鮮度低下により、流通過程や小売段階での廃棄ロスが発生していました。
導入されたスマート農業技術とシステム
これらの課題を解決するため、同法人は以下のスマート農業技術とデータ連携プラットフォームを導入しました。
- 圃場管理システム:
- 圃場に設置されたIoTセンサー(土壌水分、温度、湿度、日射量など)からのデータ収集。
- 栽培記録(播種日、施肥履歴、防除履歴など)のデジタル管理。
- 気象データとの連携による栽培計画の最適化支援。
- 収穫・選果データシステム:
- AI画像解析技術を活用した収穫時の自動品質評価システム。形状、色、病害の有無などを非破壊で判定します。
- 個体またはロット単位での品質データ、収穫日時、担当者などを記録するシステム。
- 輸送環境モニタリングシステム:
- 出荷された梱包箱や輸送車両に設置する小型IoTセンサー。温度、湿度、衝撃、位置情報をリアルタイムまたは定期的に記録します。
- GPS情報と組み合わせることで、輸送ルートや滞留時間と環境データを紐づけて記録します。
- 統合データプラットフォーム:
- 上記1〜3で収集されたデータを一元的に集約、蓄積、分析するクラウドベースのプラットフォーム。
- 各データの関連付け(例: 特定の圃場で特定の時期に栽培されたロットの、収穫時の品質と輸送中の環境、小売店での販売期間)を可能にするデータベース構造。
- ダッシュボード機能によるデータの可視化、異常値検知アラート機能。
課題解決へのプロセスとデータの活用
このシステム導入により、同法人は生産から流通までの各段階でデータを収集・連携させ、品質保証と鮮度保持のプロセスを革新しました。
- 生産段階: 圃場センサーデータと栽培記録を分析することで、作物生育にとって最適な環境条件や管理方法をデータに基づいて判断できるようになりました。これにより、品質のばらつき要因を特定し、安定した高品質生産が可能になりました。
- 収穫・選果段階: AI画像解析による品質評価データをロットごとに記録することで、客観的かつ均一な品質での出荷が可能になりました。また、このデータは生産段階へのフィードバックとして活用され、栽培方法の改善に役立てられました。
- 流通段階: 輸送環境モニタリングデータにより、設定された温度・湿度範囲からの逸脱が発生した場合にリアルタイムでアラートが送信されるようになりました。これにより、問題発生時に即座に対応できる体制が構築されました。また、輸送中の環境データと到着後の品質データを紐づけて分析することで、最適な輸送条件や梱包方法の検討に役立てています。
- データ統合と分析: 統合プラットフォーム上で全てのデータを横断的に分析することで、「特定の圃場の特定のロットが、ある輸送条件を経た場合に、小売店でどれだけの日数鮮度を保てるか」といった具体的な知見が得られるようになりました。この知見は、出荷先に応じた最適な品種選定や栽培方法、輸送手段の選択に活用されています。
導入によって得られた具体的な成果
スマート農業技術とデータ連携の導入により、同法人は以下のような具体的な成果を達成しました。
- 品質クレーム率の低減: 客観的な品質評価とデータに基づいた栽培管理により、導入前の年間平均クレーム率を約40%削減しました。
- 食品ロスの削減: 流通段階での鮮度低下抑制と、小売店でのシェルフライフ延長により、サプライチェーン全体での廃棄ロスを約25%削減しました。
- ブランド価値の向上: 生産・流通履歴データに基づいた品質保証体制をアピールすることで、高単価での取引が可能となり、売上高が約15%増加しました。
- 業務効率化: データに基づいた意思決定により、経験に依存していた判断やトラブル対応にかかる時間を削減しました。
成功の要因分析
この事例における成功の要因はいくつか考えられます。
- 目的意識の明確さ: 単に技術を導入するのではなく、「品質保証と鮮度保持の高度化によるブランド価値向上と食品ロス削減」という明確な目的を持っていたことが、システム選定や活用方針を定める上で重要でした。
- データ連携の重視: 生産、収穫、流通という異なる段階のデータを断絶させず、一元的に管理・分析できるプラットフォームを構築したことが、本質的な課題解決につながりました。
- 現場との連携: 新しいシステムの導入にあたり、栽培担当者、出荷担当者、物流担当者といった現場の意見を取り入れ、使いやすさや業務フローへの適合性を考慮した設計を行ったことが、スムーズな運用定着を促しました。
- 継続的なデータ分析と改善: 収集したデータを分析する専門チームを設け、得られた知見を基に栽培方法、輸送条件、システム自体を継続的に改善していくサイクルを確立しました。
今後の展望と応用可能性
今後は、収集データを活用したさらに高度な品質予測モデルや、AIによる最適な収穫タイミングの推奨機能などを開発していく予定です。また、このシステムで確立したデータ連携モデルを他の品目にも応用し、事業規模の拡大を目指しています。
この事例は、スマート農業技術が生産現場だけでなく、サプライチェーン全体にわたる課題解決に有効であることを示しています。特に、品質保証や鮮度保持といった消費者ニーズに直結する分野において、データの収集・連携・分析が新たな価値創出の鍵となる可能性を示唆しています。農業関連技術ベンダーにとって、単一の技術提供に留まらず、こうしたサプライチェーン全体のデータ連携を見据えたソリューション開発が、今後のビジネス機会を広げる上で重要になると考えられます。