露地野菜栽培におけるドローン・AIを活用した精密病害虫管理による生産性向上と農薬コスト削減事例
はじめに
広大な露地野菜栽培において、病害虫管理は収量と品質を確保する上で極めて重要ですが、同時に大きな労力とコストを伴う課題です。特に大規模な圃場では、作物の状態を人力で詳細に把握することは困難であり、病害虫の初期発見が遅れたり、予防的な一律散布に頼らざるを得ない状況が見られます。これにより、農薬コストの増加や環境への負荷、さらには病害虫の蔓延による収量減のリスクが生じていました。
このような背景から、ある露地野菜栽培企業では、スマート農業技術の導入による病害虫管理の高度化を検討しました。本記事では、同社がドローンとAI画像解析を活用した精密病害虫管理システムを導入し、どのような課題を解決し、どのような成果を得たのか、その成功事例をご紹介します。
導入前の課題:広大な圃場での病害虫管理の非効率性
当該企業は、数百ヘクタール規模でレタスやキャベツなどの葉物野菜を栽培しています。従来の病害虫管理は、主に担当者による定期的な巡回観察と、経験に基づく判断による農薬散布が中心でした。
具体的な課題は以下の通りです。
- 広範囲の巡回労力: 広大な圃場を人力で全て巡回し、病害虫の発生状況を詳細に把握するには、膨大な時間と労力が必要でした。
- 初期発見の遅れ: 目視での確認には限界があり、病害虫の発生初期段階を見逃してしまうことが少なくありませんでした。発生が進行してから発見した場合、被害の拡大を防ぐための対策が難しくなります。
- 一律散布による非効率: 圃場全体に一律に農薬を散布することが多く、病害虫が発生していない健全な作物にも散布されるため、農薬の使用量が必要以上に多くなっていました。これはコスト増だけでなく、環境負荷や作物へのストレス増加にも繋がります。
- 効果測定の難しさ: 散布の効果や病害虫の発生傾向をデータに基づいて分析し、次年度の対策に活かすための仕組みが整っていませんでした。
これらの課題が、生産性の向上やコスト削減の大きな障壁となっていました。
導入されたスマート農業技術:ドローン空撮とAI画像解析、精密散布
課題解決のため、同社が導入したのは、以下の技術を組み合わせた精密病害虫管理システムです。
- ドローンによる圃場空撮: 定期的に圃場全体をドローンで空撮します。搭載カメラは、通常のRGBカメラに加え、作物の生育状態やストレスレベルを把握できるマルチスペクトルカメラを使用しました。
- AI画像解析: 撮影された画像をクラウド上のプラットフォームにアップロードします。ここで、専門家が事前にラベリングした大量の画像データで学習済みのAIモデルが、画像を作物単位で解析し、病害虫の種類、発生位置、被害範囲を自動的に特定します。マルチスペクトル画像からは、目視では確認できない初期の生育異常や病害の兆候も検出可能です。
- 病害虫マップの生成: AI解析の結果に基づき、圃場内の病害虫の発生箇所や生育状態を示したデジタルマップ(ヒートマップなど)が自動で生成されます。このマップは、ウェブブラウザやタブレットから圃場担当者が容易に確認できます。
- ドローンによる精密散布: 生成された病害虫マップの情報をもとに、農薬散布用のドローンに必要な農薬を搭載し、病害虫が発生している特定のエリアのみにピンポイントで散布を行います。これにより、必要な箇所に必要な量だけ農薬を散布することが可能になりました。
課題解決のプロセスと技術の活用方法
システム導入後の運用は以下の流れで行われました。
まず、週に1〜2回の頻度で、ドローンによる圃場全体の自動航行撮影を実施しました。RGB画像で目視確認可能な病害虫の初期症状や被害範囲を捉える一方、マルチスペクトル画像では作物の生育ムラや健全度の低下など、潜在的な問題を早期に検出することを試みました。
次に、撮影画像をクラウドプラットフォームにアップロードし、AIによる画像解析を実行しました。AIは、過去のデータに基づいて特定の病害(例: レタスの軟腐病、キャベツの黒腐病)や害虫による食害痕などを識別し、圃場上の正確な位置情報とともにレポートを作成しました。この解析結果を基に、担当者はPCやタブレット上で病害虫マップを確認し、被害の範囲や深刻度を迅速に把握できるようになりました。
そして、このマップ情報を散布計画に反映させました。広範囲にわたる予防的な散布ではなく、マップ上で特定された病害虫発生箇所に絞り込み、農薬散布用ドローンを用いてターゲット散布を実行しました。ドローンの自動航行機能により、指定されたエリアのみに正確な量を散布することが可能です。
さらに、これらのドローン撮影データ、AI解析結果、散布記録はシステム上に蓄積され、時系列での変化を追跡したり、圃場ごとの発生傾向を分析したりするために活用されました。これにより、よりデータに基づいた病害虫管理計画の立案が可能になりました。
導入によって得られた具体的な成果
本システムの導入により、同社は多岐にわたる具体的な成果を達成しました。
- 巡回労力の削減と早期発見: 広大な圃場を目視でくまなく巡回する必要がなくなり、大幅な労力削減が実現しました。また、ドローンとAIによる解析により、病害虫の発生を早期に、かつ正確な位置で発見できるようになり、被害が広がる前に迅速な対策を講じることが可能になりました。
- 農薬使用量の削減: 病害虫が発生している特定のエリアにのみピンポイントで散布する「精密散布」に切り替えた結果、圃場全体への一律散布と比較して、農薬使用量を平均30%削減することに成功しました。これはコスト削減に直結するとともに、環境負荷の低減にも貢献しています。
- 収量・品質の安定向上: 病害虫の早期発見と適時・的確な対策により、病害虫による被害を最小限に抑えることが可能になりました。これにより、収量の安定化はもちろん、病害虫による品質劣化が減少し、出荷可能な「A品」の割合が向上しました。具体的な数値目標としていた「A品率3%向上」を達成しました。
- 管理作業の効率化: 診断から散布までのプロセスがデジタル化・自動化されたことで、病害虫管理に関わる一連の作業効率が大幅に向上しました。これにより、圃場担当者はより他の重要な作業に時間を充てることができるようになりました。
- データに基づいた意思決定: 蓄積されたデータを分析することで、特定の圃場や時期における病害虫の発生傾向を把握できるようになり、より効果的な予防策や管理計画を立てるための重要な情報源となっています。
成功の要因分析
本事例におけるスマート農業技術導入の成功は、いくつかの要因が複合的に作用した結果と言えます。
- 明確な課題設定: 導入前に、広大な圃場での病害虫管理における具体的な課題(労力、コスト、発見の遅れなど)を明確に定義し、解決目標を設定したことが、技術選定と導入計画の精度を高めました。
- 技術の適切な組み合わせ: ドローンによる広範囲かつ詳細なデータ収集能力と、AIによる高度な画像解析能力を組み合わせることで、従来の技術では難しかった精密な診断を実現しました。さらに、その結果を精密散布に繋げる一連のワークフローを構築できたことが鍵です。
- 現場との連携とトレーニング: 新しい技術の導入には、現場担当者の理解と協力が不可欠です。システム提供ベンダーと密に連携し、ドローンの操作方法、AI解析結果の見方、精密散布計画の立て方など、現場担当者が必要とするスキルを習得するための十分なトレーニングを実施しました。
- 継続的な精度向上: AIモデルの精度は、収集されるデータ量や質に大きく依存します。同社は、システム導入後も継続的にドローン画像を収集し、必要に応じて専門家による再ラベリングを行うなど、AIモデルの学習データを更新し続ける体制を構築しました。これにより、AIの病害虫識別精度を維持・向上させることができています。
今後の展望と応用可能性
本システムは露地野菜栽培での成功事例ですが、その応用可能性は広範にわたります。
- 他作物への展開: 葉物野菜以外の露地栽培作物(穀物、果樹、花卉など)にも、AIモデルを再学習させることで応用が可能です。それぞれの作物に適した病害虫や生理障害の識別モデルを開発することで、幅広い農業分野で精密管理を実現できます。
- 生育診断機能の統合: 現在の病害虫診断に加え、ドローン画像やマルチスペクトル画像を活用した生育状況の診断(草丈、葉面積、栄養状態など)機能を統合することで、病害虫管理と生育管理を連携させた総合的な圃場マネジメントが可能になります。
- 気象・土壌データとの連携: 圃場内の気象データや土壌水分・養分データと画像解析結果を組み合わせることで、病害虫の発生リスク予測や、より精密な施肥・水やり計画の策定が可能になります。
- 広域データ連携による病害予測: 地域内の複数の圃場から集められたデータを連携・分析することで、病害虫の広域的な発生動向を把握し、地域全体での早期警戒システムや共同防除計画に役立てることも考えられます。
これらの展望は、スマート農業技術が単なる作業の代替に留まらず、データに基づいた高度な意思決定支援ツールへと進化していく可能性を示唆しています。
まとめ
本事例は、露地野菜栽培において、ドローンとAI画像解析、精密散布といったスマート農業技術を組み合わせることで、従来の病害虫管理における様々な課題を克服し、生産性向上と農薬コスト削減という具体的な成果を上げた成功事例です。明確な課題設定、技術の適切な組み合わせ、現場との連携、そして継続的な精度向上への取り組みが成功の鍵となりました。
この事例が示すように、スマート農業技術は、労働力不足や環境問題など、現代農業が直面する様々な課題に対する有効な解決策となり得ます。今後、これらの技術がさらに進化し、他の農業分野にも広く応用されていくことで、持続可能で効率的な農業の実現に貢献していくことが期待されます。