大規模露地栽培の課題解決:衛星データとAIを活用した精密施肥・病害予測による収量向上とコスト削減事例
はじめに
大規模な露地栽培を行う農業経営体にとって、広大な圃場における作物の生育状態を均一に把握し、それぞれに適した管理を行うことは容易ではありません。特に、肥料や農薬の投入は、一律に行うと生育ムラが生じたり、過剰な投入によるコスト増、環境負荷の増大、さらには病害虫のリスク管理が後手に回るなどの課題がありました。
本記事では、このような大規模露地栽培が抱える課題に対し、衛星データとAI解析技術を組み合わせることで、精密な圃場管理を実現し、収量向上とコスト削減を達成した事例をご紹介します。
事例の背景と課題
対象となった農業経営体は、数百ヘクタール規模で主要な露地作物を栽培していました。事業規模拡大に伴い、以下の課題が顕著になっていました。
- 広大な圃場における生育ムラの発生: 圃場全体の状況を詳細に把握することが難しく、土壌条件や環境要因の差により生育に大きなばらつきが生じていました。これが最終的な収量や品質の不安定化に繋がっていました。
- 非効率な施肥・農薬散布: 全ての圃場に対して均一な量の肥料や農薬を投入していました。生育が良い場所では過剰となりコスト増を招き、生育が悪い場所では不足してポテンシャルを活かせない状況でした。また、不均一な散布は環境負荷の増大にも繋がっていました。
- 病害虫リスクの早期発見の難しさ: 広大な圃場を人の目で巡回するだけでは、病害虫の初期兆候を見逃しやすく、発見が遅れることで被害が拡大するリスクがありました。
- 圃場管理に関わる労働負荷の増大: 圃場状況の把握や管理計画の策定に多大な時間と労力がかかっていました。
これらの課題は、経営効率の低下と収益の不安定化を招いていました。
導入されたスマート農業技術
この経営体は、これらの課題を解決するため、以下のスマート農業技術の導入を決定しました。
- 高解像度衛星データ: 定期的に撮影される高解像度の衛星画像データを利用し、圃場全体の植生状況や生育状況を広域的に把握します。特定の植生指数(例:NDVI - 正規化植生指標)を算出することで、作物の活性度や生育密度を定量的に評価できます。
- AI画像解析プラットフォーム: 衛星データから得られる情報をAIを用いて解析します。生育ムラの箇所やその程度、病害の初期兆候と疑われる異常箇所の検出、さらには収量ポテンシャルの予測などを行います。
- 圃場管理システムとの連携: AI解析結果は、地理情報システム(GIS)ベースの圃場管理プラットフォーム上で地図情報として可視化されます。これにより、問題箇所や施肥・散布が必要な箇所が明確になります。
- 可変施肥機・ピンポイント農薬散布システム: 圃場管理システムからの情報に基づき、場所ごとに肥料や農薬の散布量を自動的に調整できる農業機械を導入しました。
課題解決へのプロセスと具体的な活用方法
技術導入後の課題解決プロセスは以下の通りです。
- 定期的な衛星データ取得と解析: 作物の生育ステージに合わせて、定期的に対象圃場の衛星データを取得します。取得したデータはAI解析プラットフォームに取り込まれます。
- AIによる生育・病害リスク診断: AIは衛星画像と過去の圃場データ、気象データなどを組み合わせ、圃場内の生育ムラの箇所、病害発生リスクの高い箇所を特定します。例えば、NDVI値が周囲と比較して低いエリアは生育不良の可能性、特定のスペクトル反応を示すエリアは病害初期の可能性としてフラグが立てられます。
- 圃場管理システムでの可視化と計画策定: AIの解析結果は、デジタルマップ上に色分けやマーカーで表示されます。担当者はこのマップを見て、生育不良箇所への追肥、病害リスク箇所への早期対応(詳細な現地確認やピンポイント散布)が必要なエリアを特定します。システム上で、これらのエリアに対する精密施肥やピンポイント防除の作業計画を策定します。
- 可変施肥・ピンポイント散布の実行: 計画されたデータを可変施肥機やピンポイント農薬散布システムに連携します。これらの機械はGPS情報と連携し、圃場内の特定の場所で事前に設定された量の肥料や農薬を自動的に散布します。これにより、必要な場所に、必要な量だけを投入することが可能になります。
- 効果測定とフィードバック: 収穫時には、圃場内のエリアごとの収量データを収集し、衛星データやAI解析結果、実施した管理作業と照合します。このデータをAIモデルにフィードバックすることで、解析精度や予測精度を継続的に向上させていきます。
導入によって得られた具体的な成果
このスマート農業技術の導入により、大規模露地栽培経営体は以下の具体的な成果を達成しました。
- 収量安定化・向上: 生育ムラが大幅に解消され、圃場全体での生育が均一化しました。これにより、全体の収量が導入前に比べて平均5%向上しました。
- 肥料・農薬コスト削減: 精密施肥とピンポイント防除により、圃場全体での肥料使用量を平均15%、農薬使用量を平均20%削減することに成功しました。これは資材費の直接的な削減に繋がりました。
- 病害被害の抑制: 病害リスクの高い箇所を早期に特定し、初期段階で局所的な対応が可能になったことで、病害による被害面積および被害額を従来の半分以下に抑えることができました。
- 圃場管理効率化: 圃場巡回や状況判断にかかる時間が削減され、管理業務の効率が30%向上しました。より計画的かつデータに基づいた意思決定が可能になりました。
- 環境負荷の低減: 肥料・農薬使用量の削減は、環境負荷の低減にも貢献しています。
成功の要因分析
この事例が成功した要因は複数あります。
- 技術の選択と組み合わせ: 大規模圃場という特性を考慮し、広域モニタリングに適した衛星データと、そのデータを活用するためのAI解析技術、そして現場での精密作業を可能にする農業機械を適切に組み合わせた点が重要です。
- AIモデルの継続的な改善: 導入初期だけでなく、実際の収量データなどをフィードバックすることでAI解析モデルの精度を継続的に高めたことが、より正確な診断と効果的な管理に繋がりました。
- 圃場管理システムを中心としたデータ連携: 異なる技術(衛星データ、AI、農機)からの情報を圃場管理システム上で一元管理・可視化し、次のアクションにスムーズに繋げられるデータ連携基盤を構築したことが、現場での活用を促進しました。
- 現場オペレーターへのトレーニング: 新しいシステムと機械を使いこなせるよう、現場のオペレーターに対して十分なトレーニングとサポートを提供しました。データに基づいた作業の重要性を理解し、実践できる体制を整えました。
今後の展望と応用可能性
この成功事例は、同様の大規模露地栽培を行う他の農業経営体にとって、大きな示唆を与えるものです。今後は、さらに詳細なドローンデータや地上センサーデータと衛星データを組み合わせることで、より高精度な圃場診断や収量・品質予測に繋がる可能性があります。また、この技術を他の作物にも横展開したり、灌漑管理や収穫時期の予測など、管理対象を広げる応用も考えられます。データに基づいた精密農業は、持続可能な農業経営を実現するための重要な要素となります。