自動走行農機と圃場管理システム連携による大規模経営の生産性向上事例
大規模農業経営における自動走行農機と圃場管理システム連携の可能性
近年、国内農業においては経営規模の拡大が進む一方で、農業従事者の減少や高齢化に伴う労働力不足が深刻な課題となっています。特に大規模な圃場管理においては、広範なエリアでの均一かつ精密な作業が求められ、熟練者の経験に頼る部分が多く、効率化や標準化が課題となっていました。この記事では、こうした課題に対し、自動走行農機と圃場管理システムを連携させることで、生産性向上と経営の安定化を実現した大規模農業経営体の事例をご紹介します。
課題:広大な圃場での作業効率化と精密化の限界
対象となった農業経営体は、広大な水田および畑作地を管理しており、作付け面積の拡大に伴い、以下のような課題に直面していました。
- 労働力不足と作業負担の増加: 播種、施肥、耕うん、防除、収穫といった一連の作業を、限られた人員と時間で広大な圃場全体に実施する必要があり、一人当たりの作業負担が増大していました。特に農機操作は長時間に及び、疲労による作業ミスや事故のリスクも懸念されていました。
- 作業の標準化・精密化の難しさ: 圃場ごとに土壌の状態や生育状況は異なりますが、広範囲にわたる作業においては、経験や勘に頼る部分が多く、均一な施肥や防除が困難でした。これにより、圃場内の生育ムラや収量のばらつきが発生していました。
- 圃場情報の管理と活用: 各圃場での作業内容(いつ、どこで、どのような作業を、どれだけ行ったか)や、生育状況、収量などの情報を紙や個人の記憶に頼って管理しており、これらの情報を集約・分析して次年度の計画や改善に活かすことが難しい状況でした。
導入されたスマート農業技術:自動走行農機と圃場管理システムの連携
これらの課題を解決するため、当該経営体では以下のスマート農業技術を導入・連携させました。
- 自動走行農機: GNSS(全球測位衛星システム)を活用し、設定された経路を高精度に自動走行可能なトラクター、田植え機、コンバインなどの農機を導入しました。これにより、オペレーターは操作負担が軽減され、他の作業や圃場状況の確認に時間を割けるようになります。また、自動操舵により、隣接する作業ラインとの重複や隙間を最小限に抑え、作業精度が向上します。
- 圃場管理システム: クラウドベースの圃場管理システムを導入しました。このシステムは、各圃場の区画情報、土壌データ、過去の作付け履歴、作業記録などをデジタルデータとして一元管理できます。また、自動走行農機と連携し、システム上で作成した作業計画(経路、施肥量、農薬散布量など)を農機に送信し、農機から取得した作業データをシステムに自動で取り込む機能を持っています。さらに、収集したデータを分析し、レポート作成や次期計画立案を支援します。
課題解決のプロセス:データに基づいた精密作業の実現
導入は段階的に進められました。まず、管理する全ての圃場の正確な区画情報や過去データをシステムに入力し、デジタルマップを作成しました。次に、自動走行可能なトラクターと田植え機を導入し、圃場管理システムと連携させました。
- 作業計画のデジタル化と最適化: 圃場管理システム上で、各圃場の特性や過去のデータに基づき、精密な作業計画を立案しました。例えば、施肥計画では、圃場内の土壌分析データや生育状況に応じて、システムが算出した最適な施肥量をエリアごとに割り当て、自動走行農機がその計画通りに可変施肥を実行します。経路設定もシステム上で行い、圃場を最も効率的にカバーできるルートが自動で生成されます。
- 自動走行による精密な作業実行: システムから送信された計画に従い、自動走行農機が圃場を正確に走行しました。GNSSの位置情報に基づき、設定された経路からずれずに作業が実行されるため、播種や施肥の条間・株間が均一になり、重複や散布ムラが大幅に削減されました。オペレーターは、自動走行中の農機の監視や、圃場周辺の確認などに注力できるようになりました。
- 作業データの自動収集と可視化: 自動走行農機は、作業中に走行経路、作業速度、施肥・散布量などのデータをリアルタイムで取得し、圃場管理システムに自動で送信しました。システム上でこれらのデータを地図上に重ね合わせて可視化することで、どの圃場で、いつ、どのような作業が、計画通りに行われたかを詳細に把握できるようになりました。
- データ分析に基づく改善: 収集された作業データと、その後の生育調査、収穫量データなどを圃場管理システム上で分析しました。例えば、特定のエリアでの施肥量と収量の関係を分析し、次年度の施肥計画をより最適化するといった改善サイクルを確立しました。
導入によって得られた具体的な成果
この自動走行農機と圃場管理システムの連携導入により、当該経営体では以下のような具体的な成果が得られました。
- 作業時間の削減: 農機の自動操舵により、特に耕うんや播種、施肥、収穫といった長時間の直線走行作業におけるオペレーターの運転負担が大幅に軽減され、これらの作業にかかる総時間が約20%削減されました。また、夜間や悪天候下での作業も安全に行えるようになり、作業可能時間帯が拡大しました。
- 資材コストの削減: 圃場内の状態に応じた可変施肥・可変散布が可能になったことで、肥料や農薬の無駄がなくなり、資材コストを平均で約15%削減できました。
- 収量・品質の向上と安定: 精密な作業と圃場ごとの状態に合わせた管理が実現した結果、圃場内の生育ムラが減少し、平均収量が約10%向上しました。また、品質のばらつきも抑制され、出荷時の等級向上につながりました。
- 経営判断の迅速化: 圃場管理システムで全ての情報が一元管理され、データに基づいた分析が可能になったため、経営状況や課題を迅速かつ正確に把握し、次の作付け計画や改善策をデータに基づいて立案できるようになりました。
成功の要因
この事例の成功要因としては、以下の点が挙げられます。
- システム連携のスムーズさ: 導入した自動走行農機と圃場管理システムが密に連携しており、データのやり取りが自動化されていたことが、現場での運用負担を軽減し、データの有効活用を促進しました。
- 段階的な導入と検証: 全ての圃場や作業に一度に適用するのではなく、一部の圃場や特定の作業から段階的に導入し、効果を確認しながら展開を進めたことが、リスクを抑えつつ現場の習熟を促しました。
- 現場との密なコミュニケーション: 技術ベンダーが農業経営体と密に連携し、現場のニーズやフィードバックをシステム改善に反映させたことが、システムの使いやすさ向上と定着につながりました。
- 初期投資に対する効果の見極め: 導入にあたってはまとまった初期投資が必要となりますが、長期的な視点で労働費削減、資材費削減、収量増によるリターンを具体的に試算し、経営層がその効果を明確に認識していたことが、投資決定と導入推進の大きな要因となりました。
今後の展望と応用可能性
この事例は、大規模農業経営における労働力不足解消と生産性向上に対し、自動走行農機と圃場管理システムの連携が極めて有効なソリューションであることを示しています。今後は、異なるメーカーの農機との連携の標準化が進むことで、より柔軟なシステム構築が可能になることが期待されます。また、AIによる過去データ分析に基づく自動での作業計画立案や、病害虫発生予測と連携した自動防除計画など、さらに高度な機能が追加されることで、経営判断のさらなる最適化やリスク軽減につながる可能性があります。
このような自動化・データ連携による精密農業技術は、大規模経営体だけでなく、中山間地域など様々な条件下での農業においても、新たな可能性を切り拓く示唆を与えています。技術開発ベンダーとしては、システム間の連携強化、ユーザーインターフェースの改善、そして各地域の農業特性や作物に合わせたカスタマイズ可能なソリューション開発が、今後の重要な課題となるでしょう。