高精度位置情報システム(GNSS/RTK)を活用した圃場管理と精密作業の効率化事例
はじめに
農業分野におけるスマート化は、労働力不足や生産性の向上、環境負荷の低減といった様々な課題解決の鍵として注目されています。その中でも、農地における「位置情報」の精度向上は、多くのスマート農業技術の基盤となります。本記事では、高精度な位置情報を提供できるGNSS/RTKシステムを活用し、圃場管理と精密作業の効率化に成功した事例を紹介します。
導入前の課題:経験と勘に頼る圃場作業と非効率性
本事例の対象となる農業法人では、大規模な圃場での露地野菜栽培を行っていました。これまでの圃場管理や、播種、施肥、畝立てといった作業は、主に作業員の経験や目視に頼っており、以下のような課題を抱えていました。
- 作業の重複・ムラ: 特に広大な圃場では、農機の走行ルートに重複や未作業部分が生じやすく、資材(肥料、農薬、種子など)の無駄や作業効率の低下につながっていました。
- 資材コストの最適化困難: 圃場内の土壌や生育状況は均一ではないにも関わらず、一律での施肥や播種を行っており、必要な箇所に適切な量の資材を供給できていませんでした。これはコスト増加だけでなく、過剰な施肥による環境への影響も懸念されていました。
- 熟練度への依存: 真っ直ぐな畝立てや正確な播種といった作業は、オペレーターの習熟度に大きく依存し、作業品質にバラつきが生じていました。
- 作業記録の不十分さ: 各圃場での具体的な作業履歴(日時、作業内容、使用資材、走行ルートなど)が詳細に残されておらず、後からの分析や改善に活用できていませんでした。
これらの課題は、経営効率の低下、資材コストの増大、そして作業の非標準化による品質の不安定化を招いていました。
導入されたスマート農業技術:GNSS/RTKシステムと圃場管理システム
この課題を解決するため、同法人では高精度位置情報システム(GNSS/RTK)と連携する圃場管理システム、そして対応する農機制御システムを導入しました。
- GNSS/RTKシステム: GNSS(Global Navigation Satellite System)は、GPSをはじめとする衛星測位システムの総称です。RTK(Real Time Kinematic)は、このGNSSに加えて、地上の固定局(基地局)やネットワークからの補正情報をリアルタイムに利用することで、従来のGNSSだけでは困難だった数センチメートル単位の高精度な測位を可能にする技術です。農機に搭載されたGNSS/RTK受信機は、圃場内の現在位置を高精度に把握します。
- 圃場管理システム: 各圃場の地図情報、過去の作業履歴、計画情報、土壌データ、生育データなどを統合的に管理するシステムです。GNSS/RTKで得られた高精度な位置情報と紐づけることで、圃場内のピンポイントの情報を管理できるようになります。
- 農機制御システム: GNSS/RTKで得られた位置情報と圃場管理システムからの指示(例えば、特定のエリアでのみ施肥量を増やす、決められたルートを自動で走行するなど)に基づき、農機の走行や作業機(播種機、施肥機、防除機など)の動作を自動で制御するシステムです。
これらのシステムを連携させることで、計画に基づいた精密な農作業と、その正確な記録が可能になりました。
課題解決への具体的なプロセスと活用方法
導入されたシステムは、主に以下の用途で活用されました。
- 圃場マッピングと作業計画: 事前に圃場の正確な境界線や障害物、過去の収量データなどをGNSS/RTKを使って高精度にマッピングし、圃場管理システムに登録しました。このデータをもとに、最適な畝の方向や農機の走行ルートを計画し、システム上に設定しました。
- 高精度な自動走行: GNSS/RTKで自機の位置を正確に把握しながら、農機は設定されたルート上を自動または半自動で走行します。これにより、オペレーターはハンドル操作から解放され、重複や未作業部分のない効率的で正確な作業が可能になりました。
- 可変施肥・可変播種: 事前に作成した圃場内の土壌マップや生育マップ(ドローン空撮画像解析などから作成)を圃場管理システムに取り込み、これを基にした可変施肥マップを作成しました。農機は走行しながらGNSS/RTKで現在位置を把握し、マップの指示に従ってリアルタイムに施肥量や播種量を自動調整します。
- 精密な作業記録: 全ての作業(走行ルート、作業速度、施肥量、播種量、作業時間など)が高精度な位置情報とともに自動的に記録され、圃場管理システムに蓄積されます。
導入による成果:効率化、コスト削減、品質向上
GNSS/RTKシステムを中心としたスマート農業技術の導入により、同法人では以下のような具体的な成果を達成しました。
- 作業効率の向上: 農機の自動走行により、直線や曲線の正確な走行が可能となり、重複や未作業部分がほぼゼロになりました。これにより、作業時間を約20%削減することに成功しました。また、オペレーターの疲労軽減にもつながりました。
- 資材コストの削減: 可変施肥・可変播種により、必要な箇所に必要なだけの資材を供給できるようになりました。結果として、肥料の使用量を平均15%削減、種子の使用量を平均10%削減するなど、資材コストの大幅な削減を実現しました。これは環境負荷低減にも寄与しています。
- 収量・品質の均一化: 圃場内の生育ムラが低減し、結果として作物の収量や品質のバラつきが小さくなりました。特に、これまで生育が悪かったエリアでの収量が向上し、圃場全体の生産性が安定しました。
- データに基づいた意思決定: 高精度な作業記録が自動で蓄積されるようになったことで、各圃場の特性や過去の作業内容と収量・品質の関係を詳細に分析できるようになりました。これにより、次作に向けたより的確な栽培計画や改善策をデータに基づいて立案することが可能になりました。
成功の要因分析
この事例の成功には、いくつかの要因が考えられます。
- 段階的な導入と現場との連携: 一度に全ての技術を導入するのではなく、まず基盤となるGNSS/RTKシステムと圃場管理システムを導入し、その上で可変施肥など応用的な機能を追加していきました。また、導入段階から現場のオペレーターがシステム操作に慣れるためのトレーニングを十分に実施し、現場からのフィードバックをシステム活用方法に反映させました。
- 複数のシステム連携の最適化: GNSS/RTK受信機、圃場管理システム、そして農機の制御システムがスムーズに連携するための調整に注力しました。異なるメーカーのシステムを組み合わせる場合、インターフェースの互換性やデータ連携の仕様確認が重要となります。
- データの活用体制構築: システムから得られる高精度な位置情報付き作業データを単に記録するだけでなく、それを分析し、栽培計画や作業方法の改善に活かすための担当者や体制を構築しました。
今後の展望
同法人では、今後GNSS/RTKで取得した位置情報付きデータと、ドローンや衛星からの生育データ、土壌センサーデータを組み合わせ、AIによる生育診断や収量予測の精度を高めることを計画しています。また、このシステムを他の作業(例えば、ピンポイントでの病害虫防除など)にも拡大適用し、さらなる効率化と環境負荷低減を目指しています。将来的には、これらのデータをサプライチェーン全体で活用し、生産履歴の透明性向上や需要予測との連携による供給最適化にも取り組む可能性を検討しています。
まとめ
本事例は、高精度位置情報システム(GNSS/RTK)が単なる自動走行だけでなく、圃場管理、精密作業、データ活用といった幅広い側面で農業経営の効率化と収益性向上に大きく貢献することを示しています。技術導入にあたっては、目的を明確にし、現場のニーズに合わせたシステム選定と段階的な導入、そしてデータの継続的な活用が成功の鍵となります。高精度位置情報技術は、今後さらに多くのスマート農業ソリューションと連携し、農業の可能性を広げていくと考えられます。