AIを活用した施設トマトの病害虫予測と統合防除:農薬削減と収益性向上の実現
はじめに:施設トマト栽培における病害虫リスクとスマート農業の可能性
施設園芸で栽培されるトマトは、高い収益性を持つ一方で、病害虫の発生リスクが常に課題となります。限られた空間での高密度栽培は病害虫が広がりやすく、一度発生すると甚大な被害につながる可能性があるため、適切な防除が不可欠です。従来、病害虫対策は経験や日々の観察に基づいた予防的な農薬散布に頼ることが多く、これによって農薬コストの増加、散布作業の負担、環境への影響、そして消費者からの減農薬・無農薬への要望に応えにくいといった課題が生じていました。
このような背景から、スマート農業技術を活用した病害虫管理への関心が高まっています。本記事では、AIによる病害虫予測と統合的な防除管理システムを導入し、これらの課題を克服して農薬使用量の削減と収益性向上を実現した、ある施設トマト栽培事例をご紹介します。
事例企業の課題:経験と勘に依存した非効率な病害虫対策
この事例の対象となる施設トマト栽培企業は、長年の経験を持つ従業員が多く在籍していましたが、病害虫の発生リスク判断や防除タイミングの決定は個々のスキルに依存しており、標準化が難しい状況でした。特に、初期段階の病徴や微細な害虫の発見は熟練を要し、見逃しによる被害拡大のリスクを抱えていました。
また、リスクを低減するために、予防的な農薬散布を計画的に行っていましたが、これにより以下のような課題に直面していました。
- 農薬コストの高騰: 予防的な散布が増えるほど、使用する農薬の種類や量が増加し、それに伴うコストが経営を圧迫していました。
- 散布作業の負担増: 広大な施設での定期的な農薬散布作業は、多くの時間と労力を必要とし、他の重要な作業時間を圧迫していました。
- 環境負荷と商品価値: 消費者の健康志向の高まりとともに、農薬使用量削減へのニーズが増しており、過剰な農薬使用はブランドイメージや商品価値に影響を与える可能性がありました。
- 耐性菌の発生リスク: 同じ種類の農薬を繰り返し使用することで、病原菌や害虫に耐性がつき、効果が薄れるリスクが高まっていました。
これらの課題を解決し、より持続可能で効率的なトマト栽培を実現するために、新たな技術導入が検討されました。
導入されたスマート農業技術:AI予測と統合管理システム
上記の課題を解決するために、この企業では以下のスマート農業技術を組み合わせた統合的な病害虫管理システム(仮称:グリーンガードシステム)を導入しました。
- IoT環境センサー: 施設内の温度、湿度、葉面湿度、CO2濃度といった環境データをリアルタイムに収集します。これらのデータは病害虫の発生・増殖に適した環境かどうかを判断する上で重要な指標となります。
- 画像解析カメラ: 施設内に設置されたカメラが、栽培されているトマトの葉、茎、果実などを定期的に撮影します。高解像度の画像データは、病斑や害虫の初期症状を捉えるために使用されます。
- AI病害虫予測モデル: 収集された環境データ、画像データ、過去の病害虫発生履歴、地域の気象データ(外部連携)を統合し、AIが学習・分析します。これにより、数日後あるいは数週間後の病害虫発生リスクや進行速度を予測します。
- 統合防除管理プラットフォーム: AIの予測結果やセンサーデータ、カメラ画像をダッシュボード形式で表示します。このプラットフォーム上で、システムはリスクレベルに応じて最適な防除方法(環境制御による抑制、生物農薬の導入、ピンポイントでの化学農薬散布など)や実施タイミングを提案します。利用者はPCやスマートフォンからこれらの情報を確認し、必要に応じて遠隔からシステム設定を変更したり、作業指示を出したりすることができます。
課題解決へのプロセス:データに基づいた精密な病害虫マネジメント
「グリーンガードシステム」の導入により、病害虫管理のプロセスは大きく変革されました。
まず、施設内のセンサーとカメラが24時間365日データを収集し続け、AIモデルに供給します。AIはこれらの膨大なデータを解析し、病害虫が発生しやすい「ホットスポット」や特定の病害虫のリスクが高まる時期を予測します。例えば、特定の湿度条件が数日続くと特定の真菌病のリスクが高まる、といったパターンをAIが検出します。
この予測に基づき、システムは具体的なアクションを提案します。従来の予防的な一斉散布ではなく、リスクの高いエリアやタイミングに絞った、よりターゲットを絞った防除が可能になりました。提案される防除方法も、単に化学農薬を散布するだけでなく、換気による湿度調整(環境制御)、天敵昆虫の導入(生物的防除)、病斑部のみの除去(物理的防除)など、リスクレベルと環境条件に応じた統合的なアプローチが中心となります。
現場の作業者は、システムからのアラートや提案を確認し、指示に基づいて必要な防除措置を実施します。また、システムに搭載された画像診断機能を用いることで、経験の浅い従業員でも病徴の初期段階で異常を発見しやすくなりました。熟練者はAIの予測を参考にしつつ、最終的な判断や提案内容の微調整を行い、システムにフィードバックすることでAIモデルの学習精度をさらに向上させています。
このように、システムがデータに基づいた客観的な情報を提供し、AIがリスクを予測することで、経験や勘に頼る部分が減り、より効率的で効果的な病害虫管理が実現されました。
導入によって得られた具体的な成果
「グリーンガードシステム」の導入から一定期間後、この企業では以下のような顕著な成果が得られました。
- 農薬使用量の大幅削減: 病害虫の発生リスクを正確に予測し、必要な場所に必要な量だけ散布する「必要な時に、必要な場所へ、必要なだけ」という精密な防除が可能になった結果、年間を通じた化学農薬の使用量を以前と比較して平均30%削減することができました。
- 農薬コストの削減: 農薬使用量の削減に比例して、農薬購入費用も大幅に削減され、経営収益性の向上に直接貢献しました。
- 散布作業の効率化: 予防的な一斉散布が減少したことで、散布作業にかかる時間と労力が削減され、従業員は他の栽培管理作業や高付加価値作業に時間を充てられるようになりました。
- トマトの品質向上: 農薬使用量の削減は、農薬残留リスクを低減し、より安全で高品質なトマト生産につながりました。これにより、付加価値の高い商品として販売できる機会が増加しました。
- 収益性の向上: 農薬コスト削減と高品質化による販売単価の向上により、全体として経営収益性が向上しました。
- 環境負荷の低減: 農薬使用量の削減は、施設内外の環境負荷低減にも貢献し、企業のサステナビリティへの取り組みとしても評価されています。
成功の要因分析と今後の展望
このスマート農業による病害虫管理システムの成功は、以下の要因に起因すると考えられます。
- 現場の知見と技術の融合: 単に最新技術を導入するだけでなく、長年培ってきた熟練農家の観察眼や判断基準をシステムの学習データや判断ロジックに組み込むことで、AI予測の精度と実用性が向上しました。
- 段階的な導入と継続的な改善: システムを一気に全面導入するのではなく、特定のセクションで試験的に導入し、現場のフィードバックを収集しながらAIモデルのチューニングやシステムの改善を継続的に行ったことが成功につながりました。
- ベンダーとの密な連携: システム提供ベンダーと栽培現場が密に連携し、トマト栽培特有の課題やハウス環境に合わせたカスタマイズを進めたことも重要な要素です。
- 従業員への丁寧な研修: 新しいシステムに対する従業員の抵抗感を減らし、円滑な運用を可能にするため、システム操作やデータ活用の基礎に関する丁寧な研修が実施されました。
今後の展望としては、AIによる画像診断の自動化レベルをさらに高め、より微細な初期症状やこれまで対応が難しかった病害虫にも対応範囲を広げることが挙げられます。また、この病害虫管理システムを、自動環境制御システムや自動運搬ロボットなど、他のスマート農業技術と連携させることで、施設全体のオペレーション効率をさらに向上させ、完全自動化された持続可能な施設園芸モデルの構築を目指しています。
まとめ:データ活用で実現する精密な農業経営
この事例は、AIによる予測とデータに基づいた統合的なアプローチが、施設園芸における病害虫管理の課題をどのように解決し、具体的なビジネス成果(農薬コスト削減、収益性向上)に結びつくのかを明確に示しています。単なる技術導入に終わらず、現場の知見との融合、継続的な改善、そしてシステムベンダーとの連携が成功の鍵となりました。
スマート農業技術は、農業生産の現場に多くの変革をもたらす可能性を秘めています。特に、データ収集・分析に基づく精密な栽培管理は、資源の効率的な利用、環境負荷の低減、そして収益性の高い持続可能な農業経営を実現するための重要な一歩と言えるでしょう。