エネルギー自給率向上と収益最大化:スマート農業によるアグリ・エナジー連携の成功事例
近年、農業経営においてエネルギーコストの増加や環境負荷低減への対応が重要な課題となっています。特に施設園芸や大規模畜産経営では、暖房、冷房、換気、照明、飼育環境維持などに多量のエネルギーを消費するため、エネルギーコストの最適化は経営安定化に直結します。また、持続可能な農業への関心の高まりとともに、再生可能エネルギーの活用も注目されています。
しかし、単に再生可能エネルギー設備を導入するだけでは、そのポテンシャルを最大限に引き出し、農業経営全体の収益性向上に繋げることは容易ではありません。発電量の変動、農業施設におけるエネルギー需要のピークとオフピーク、蓄電池の効率的な利用、そして複雑なシステム全体の管理が課題となります。
本記事では、このような課題に対し、スマート農業技術とエネルギーマネジメントシステム(EMS)を連携させることで、エネルギー自給率の向上、コスト削減、そして新たな収益源の確保を実現した農業法人の成功事例をご紹介します。
事例企業の概要とエネルギーに関する課題
今回ご紹介する事例は、関東近郊で大規模な施設園芸(トマト、パプリカ等)を経営する農業法人A社です。A社は以前から環境負荷低減を目指し、ハウス屋根への太陽光パネル設置や、バイオマスボイラー(農業残渣を利用)の導入など、再生可能エネルギーの活用を積極的に進めていました。
しかし、以下の課題に直面していました。
- エネルギーコストの高止まり: 再生可能エネルギー設備を導入しているにもかかわらず、電力購入量が依然として多く、全体のエネルギーコストが経営を圧迫していました。
- 再生可能エネルギーの非効率な運用: 太陽光発電は天候に左右され、バイオマスボイラーも燃料供給や運転調整に手間がかかり、発電・発熱がエネルギー需要と常に一致するわけではありませんでした。余剰電力が発生しても有効活用できず、購入電力が必要な時間帯に自家発電を十分に利用できない状況が見られました。
- 複雑なエネルギー管理: 各エネルギー源(太陽光、バイオマス、電力会社からの購入電力)の状況、ハウス内の環境(温度、湿度、CO2濃度、照明)、蓄電池の残量などを個別に管理しており、全体として最も効率的でコスト効果の高い運用を判断するのが困難でした。
- 環境経営の成果の不明瞭さ: 再生可能エネルギーの導入によるCO2排出削減効果などが定量的に把握できていませんでした。
導入されたスマート農業技術とエネルギーマネジメントシステム
A社はこれらの課題を解決するため、以下の技術とシステムを連携して導入しました。
- IoTセンサーネットワーク: ハウス内各所の環境センサー(温度、湿度、CO2、日射量)、既設の太陽光発電量・バイオマスボイラー発熱量センサー、電力メーター、蓄電池残量センサーなどを統合するIoTネットワークを構築しました。これにより、エネルギーに関するあらゆるデータをリアルタイムで収集できるようになりました。
- AI分析プラットフォーム: 収集された時系列データ(エネルギー消費量、発電量、ハウス環境、気象予報、電力市場価格データ等)を統合し、高度なAI分析を行うプラットフォームを導入しました。このAIは、将来のエネルギー需要予測、再生可能エネルギー発電量予測、そして蓄電池の最適な充放電計画を算出します。
- エネルギーマネジメントシステム(EMS): AIプラットフォームからの最適化計画に基づき、太陽光発電、バイオマスボイラー、蓄電池、電力会社からの電力購入、そしてハウス内の環境制御設備(換気扇、暖房、照明など)を統合的に制御するEMSを導入しました。
- スマート環境制御システムとの連携: EMSと既設のスマート環境制御システムを連携させ、エネルギー供給状況に応じた最適な栽培環境制御を可能にしました。例えば、太陽光発電量が多い時間帯には照明を強める、バイオマスボイラーの運転状況に応じて暖房を調整するなどです。
技術導入による課題解決のプロセス
このシステム連携により、A社では以下のプロセスでエネルギーに関する課題が解決されました。
- エネルギー利用状況の見える化: 全てのエネルギー関連データがリアルタイムでプラットフォーム上に集約・可視化され、いつ、どこで、どれだけエネルギーが消費・生産されているかが明確になりました。
- 高精度な予測と最適化: AIが過去のデータや外部情報(気象予報、市場価格)を分析し、数時間後から数日後のエネルギー需給を予測します。この予測に基づき、電力購入量、蓄電池の充放電タイミング、バイオマスボイラーの運転計画、ハウス環境制御設定などが、全体のエネルギーコストが最小になるよう、またはエネルギー自給率が最大になるよう自動的に最適化されました。
- 効率的な再生可能エネルギーの活用: 余剰電力が発生しそうな場合は蓄電池に貯蔵し、必要な時間帯に利用することで、自家消費率が向上しました。また、電力市場価格が高い時間帯には自家発電・自家消費を最大化し、購入電力を抑制するといった運用も可能になりました。
- 環境経営の成果定量化: CO2排出量の削減効果などがシステムによって自動的に算出・レポートされ、環境経営の取り組みを定量的に示すことができるようになりました。
導入によって得られた具体的な成果
このスマート農業技術とEMSの連携導入により、A社は以下の具体的な成果を得ることができました。
- エネルギーコストの大幅削減: 最適化されたエネルギー運用により、年間約20%の電力購入コスト削減を実現しました。特にピーク時間帯のデマンド抑制効果が顕著でした。
- エネルギー自給率の向上: 再生可能エネルギーの自家消費率が向上し、全体のエネルギー自給率が約15ポイント向上しました。
- CO2排出量の削減: 化石燃料由来の電力購入量が減少した結果、温室効果ガス排出量を年間約10%削減しました。
- 新たな収益機会: 蓄電池とEMSを活用し、電力市場の価格変動を利用したデマンドレスポンス(電力会社からの要請に応じて電力使用量を抑制する取り組み)への参加や、余剰電力の売電収入が増加し、年間数十万円規模の新たな収益源となりました。
- 運用管理の効率化: エネルギー関連のデータ収集や最適化計画の策定が自動化され、担当者の運用管理にかかる時間が大幅に削減されました。
成功の要因
A社がこの取り組みで成功を収めた要因としては、以下の点が挙げられます。
- 目的の明確化: エネルギーコスト削減と環境負荷低減という明確な経営課題に対し、具体的な目標を設定しました。
- 既存設備との連携: 既設の再生可能エネルギー設備やスマート環境制御システムを活かしつつ、IoTとEMSで全体を統合するアプローチをとった点です。ゼロから全てを入れ替えるのではなく、段階的な導入と既存資産の有効活用を図りました。
- データ収集・分析体制の構築: 必要なデータを漏れなく収集するためのIoTネットワーク構築と、そのデータを活用するためのAI分析プラットフォームの選定・導入が重要でした。
- ベンダーとの密接な連携: エネルギー管理、AI分析、システム連携に関する専門知識を持つベンダーと密接に連携し、A社の農業経営の特性に合わせたカスタマイズや運用調整を行ったことが成功に繋がりました。
- 現場の理解と協力: エネルギー運用最適化にはハウス環境制御との連携が不可欠であり、栽培担当者のシステムへの理解と協力が得られたことも大きな要因です。
今後の展望と示唆
A社では今後、このアグリ・エナジー連携システムをさらに発展させ、地域内の他の農業法人や関連施設との間でエネルギーを融通するマイクログリッドの構築も視野に入れています。これにより、地域全体でのエネルギー効率向上とレジリエンス強化を目指しています。
この事例は、スマート農業技術が単なる生産性向上ツールに留まらず、エネルギー問題や環境問題といった、より広範な社会課題の解決にも貢献し得ることを示しています。また、農業経営においてエネルギーが新たな価値創造の源泉となり得る可能性を示唆しています。
農業関連技術ベンダーにとっては、農業特有のエネルギー需要パターンや再生可能エネルギー設備の特性を理解し、これらを統合的に管理・最適化するソリューション開発のヒントとなるでしょう。特に、IoT、AI、EMS技術を組み合わせた、農業に特化したエネルギーマネジメントシステムの需要は今後高まる可能性があります。また、再生可能エネルギー設備ベンダーとの連携や、地域エネルギーネットワーク構築に関わるプレイヤーとの協業も新たなビジネス機会となるかもしれません。
まとめ
農業経営におけるエネルギーコストの最適化と環境負荷低減は喫緊の課題です。A社の事例は、IoT、AI、EMSといったスマート農業技術をエネルギー管理と連携させることで、これらの課題を克服し、エネルギー自給率の向上、コスト削減、新たな収益確保といった具体的な成果を達成できることを示しています。データに基づいたエネルギー運用最適化は、持続可能で収益性の高い農業経営を実現する上で、ますます重要な要素となるでしょう。